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上智大学

                           東京ミッション系大学、クリスチャン関連史跡

日本を代表するカトリック系大学


カトリック修道会イエズス会により設立、運営されている大学。
日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルが、日本に大学を作りたいと手紙に書いたことが設立に結びつきました。

1906年に時の教皇ピオ10世が、日本に高等教育機関を設けることをイエズス会に要請、イエズス会がこれを受諾して、1908年に3人のイエズス会員来日。1911年に財団法人上智学院が設立されました。1912年に現在地を購入。初代学長ヘルマン・ホフマンの下で学校運営が開始されました。 戦時中には敵性宗教としてキリスト教系大学は迫害を受け困難を経ましたが、戦後復興し、2013年に創立100周年を迎えました。


上智大学



上智大学には1981年と1984年にマザー・テレサ、1981年2月25日には教皇ヨハネ・パウロ2世が訪れています。

教皇ヨハネ・パウロ2世の訪問は、当時の上智大学学長だったピタウ神父がバチカン教育省の事務局長を務めていたため教皇と知己の間柄であり、教皇御自身も智大学訪問を希望したために、来日後に予定を変更して行われるようになりました。

朝7時20分に上智大学4号館6階のホールに現れた教皇ヨハネ・パウロ2世は短い講義を行われ、その中で「私の生涯の希望と夢は、上智大学に招待される1978年以前持っていた私の二つの望みはともに日本に関係しています。ひとつはマキシミリアンコルベの地に行くこと、そしてもう一つは上智大学に来ることでした」と述べました。

ザビエル族の子孫が教員として


ザビエル族の子孫ルイス・フォンテス神父がイエズス会士として来日、上智大学で教員で務めていたことがあります。日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルは神父なので妻帯しておらず、したがってフォンテス神父はザビエル神父の兄の子孫に当たります。

遠藤周作が在籍していた


「沈黙」などのキリスト教をテーマにした作品で知られる、カトリック教徒の作家、遠藤周作は上智大学に在籍していた時期があります。しかし遠藤周作は生前このことを明かしていませんでした。代表作の一つ「深い河」の中には上智大学内にあるクルトゥルハイムとその前に置かれたベンチが登場します。


クルトゥルハイム
クルトゥルハイム
上智大学構内
上智大学構内
永井千本桜2世
永井千本桜2世
永井千本桜2世解説
永井千本桜2世解説



 現地への行き方
JR四ツ谷駅から徒歩1分。住所は千代田区紀尾井町7−1です。


この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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