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原首相遭難現場

                             東京:クリスチャン関連史跡

平民宰相原敬の暗殺現場


平民宰相として知られる原敬(はら・たかし)が暗殺された場所。

原敬は本格的政党内閣を組織し、民主政治の確立を目指した人物で、爵位を持たない東北出身の新聞記者だったため「平民宰相」と呼ばれていました(南部家に仕える武士の家柄出身なので、正確には「平民」ではない)。また原敬はクリスチャンで、遺品の中から十字架が見つかっています。


原首相遭難現場


東京駅の開業から7年後の1921(大正10)年11月4日、当時の首相 原敬が、大塚駅に務めていた19歳の中岡艮一(こんいち)に暗殺されました。

中岡は取り調べに対し、原政権に不満を持っていたことを明らかにし、職場の助役から「首相を殺せば景気も良くなる」と言われ原を狙ったと自供しました。

当初は政治的な背景が疑われましたが、それらの対話はたわいもない世間話だったとされ、中岡は単独犯として、後に無期懲役の判決を受けました。

原敬とキリスト教


1856年に生まれた原敬は、東京に出て英学塾で学んでいましたが、家庭の経済的理由で英学塾を辞めた後、フランス人宣教師が経営する伝道師養成所に塾生として入りました。そこで殉教者の話を聞くにつれ感動した原敬は、17歳で洗礼を受け、「殉教者のようにこの道に命を捧げよう」と誓ったといいます。

その後新聞記者を経て外務省に入りましたが、伊藤博文との出会いをきっかけに政治家へと転身しました。政治家になってからは自身がキリスト教徒であることを人前で話すことはありませんでしたが、求められて揮毫する際にはよく「積宝」と記しました。これは聖書にある「天に宝を積め」という言葉を念頭にしたものと考えられます。

政権を取ってからも金銭に関して清廉潔白であり、死ぬまで爵位や勲章を辞退し続けたことは有名ですが、その中にもクリスチャンとしての矜持が窺えます。



原首相遭難現場

原首相遭難現場

東京駅中央南口

中央南口ドーム



 現地への行き方
原首相の暗殺現場は、東京駅丸の内南口の切符売り場付近で、足元にマーク、壁に解説板が取り付けられています。


この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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