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三浦按針屋敷跡

                             東京:キリシタン関連史跡

三浦按針の屋敷があった場所


徳川家康に外交顧問として仕えたイギリス人航海士、三浦按針(ウィリアム・アダムス)の屋敷跡。

ウィリアム・アダムスは、乗っていた船、リーフデ号が難破して大分県に漂着したことから、江戸に来て家康と謁見するようになり、やがて外交顧問として重用されるようになりました。元々水先案内人だったため、日本名は三浦按針と名付けられました。


三浦按針屋敷跡

三浦按針屋敷跡


三浦按針は、自分が紅毛人(イギリスやオランダなどプロテスタント教国の者をいう)であって、南蛮人(スペイン、ポルトガルなどのカトリック教国出身者)とは違うことを示すため、殊更に南蛮人やカトリック宣教師を嫌う態度を取りました。

またカトリック教国と南蛮人のことを、家康の前で中傷し、幕府のキリスト教禁令に大きな影響を与えました。


三浦按針屋敷跡
三浦按針屋敷跡
三浦按針屋敷跡
三浦按針屋敷跡



 現地への行き方
「三浦按針屋敷跡の碑」がある場所の住所は、中央区日本橋室町1-10-8です。


この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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