本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 史跡案内 > 東京 > 築地小劇場跡

築地小劇場跡

                             東京:クリスチャン関連史跡

新劇の拠点となった


演出家の土方与志が私財を投じ、小山内薫と共に1924(大正13)年に開設した常設劇場の跡。

日本で初めて新劇のために設けられた劇場で、建坪約260平方メートル、座席数468席を有していました。当初は小山内薫の演出で、チェーホフやゴーリキーら、海外演劇の翻訳劇を中心に行われていましたが、後には坪内逍遙や武者小路実篤らの創作劇も上演されました。


築地小劇場跡


小山内の死去後、土方を排除しようとする派とそうでない派が対立したため劇団は分裂し、1945(昭和20)年の東京大空襲で建物は焼失しました。

またプロレタリア劇団による演劇も行われ、1933(昭和8)年には築地警察署で特別高等警察の拷問により、死亡した小林多喜二の労農葬が、築地小劇場で執り行われたことがあります。

「築地小劇場跡」碑の文は里見ク(作家で、同じく作家の有島武郎の弟)によるものです。

小山内薫とキリスト教


小山内薫は学生時代はクリスチャンで、内村鑑三の門下に入りましたが、新劇運動に携わっていた頃は、巣鴨の至誠殿の巫女の元に通ったり、大本教に凝ったりしていました。

小山内は新派で上演された賀川豊彦の「死線を越えて」の舞台監督も担当しましたが、心霊主義的傾向が強く、大正期に隆盛した新興宗教に没頭していったため、次第に正統的なキリスト教信仰からは離れていきました。



築地小劇場跡

築地小劇場跡

築地小劇場解説

築地小劇場解説



 現地への行き方
東京メトロ「築地駅」より徒歩5分。住所は中央区築地2-11-13です。記念碑はみずほ銀行築地支店の南東の壁面にあります。


この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション
《本サイト内の関連ページ》
《本サイト以外のサイト》


                                         NEXT >>